おはよぉございます( ꒳ )ᐝ
本日予定通り出勤いたしますっ!
今日のお天気最高に良き👊🏻🩵
みかのお家のまわりは桜満開🌸🍃
春って気持ちが落ち着くから好き♡♡
旦那様が好きな季節はありますか??
今日もみかの大きなお尻と共に
えっちな時間過ごしましょうね💕︎💕︎
みか🌼
#本日出勤です #お尻

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女性の写メ日記
04/06 08:21
04/06 07:01
🌙 人が苦しくなる理由は、才能でも運でもない。
もっともっと根深いものがある。
それが、5つの巨悪。
無知
知らないことは、それだけで選択肢を奪う。
知らないままでは、助けを求めることすらできない。
貧困
お金がないことは、ただの不便じゃない。
心の余裕も、未来の可能性も削っていく。
怠惰
やらないことが積み重なると、人生は少しずつ崩れる。
でも本当は、怠けているんじゃなくて、動けない理由があることも多い。
疫病
体や心の不調は、すべてを止めてしまう。
健康は、当たり前じゃない土台。
不潔
環境の乱れは、思考や感情にも影響する。
人は、想像以上に環境に左右される生き物。
🌱 この5つは、誰かの努力不足じゃない。
放っておくと、誰にでも降りかかるもの。
だから社会は、本当はここを支えないといけない。
🌙 私は思う。
人を変える前に、
この5つを減らすことができたなら。
もっと多くの人が、
自分らしく生きられる世界になる。
誰かを責めるより、
少しだけ支える側に近づけたらいい。
04/06 06:13




04/06 05:01
前回の日記の続きになります。
じゃあなんで分かれたのかというと、
一番大きい理由は
明治時代に入ってからの「西洋の価値観」だそうです。
外国の人たちが日本の混浴を見て
「男女が一緒に裸で入るなんて…」
ってかなり驚いて
それが文明的じゃないって思われてしまったんだそうです。
それで日本も
「ちゃんとした国に見せたい」という流れの中で
男女別にしていったそうです。
あともう一つは
人が増えて、
知らない人同士でお風呂に入る機会が増えたこと。
昔は顔見知りばかりだったのが、
都市化でそうじゃなくなって
ちょっと気まずさとか、
トラブルも出てきたそうです。
そしてここがちょっと気になるところですが、
実際に
覗きや接触トラブルみたいなことも
ゼロではなかったそうです。😅
なのでそういう面も、
男女別になった理由のひとつではあるみたいです。
で、まとめると
昔からお風呂がそういう場所だったわけではなくて
時代が変わる中で
「見られる意識」とか「恥ずかしさ」が強くなっていって
結果的に分かれていった、という流れみたいです。
なんだか面白いですよね😌
04/06 04:01
🌙 うまくいかないとき、私たちはつい「自分がダメなんだ」と思ってしまう。
でも社会福祉の世界では、そうは考えない。
人を支えるときに見るのは、たった4つの視点だけ。
Person(人)
その人はどんな人生を歩んできたのか。
何を感じて、何に苦しんでいるのか。
Problem(問題)
本当の困りごとは何か。
表に見えていることだけじゃなく、その奥にあるもの。
Place(環境)
その人を取り巻く場所や人間関係。
家庭、職場、社会…環境が人をつくることもある。
Process(過程)
どうやって関わり、どう変わっていくか。
支援は一瞬じゃなく、続いていくもの。
🌱 人は、一人で壊れるんじゃない。
だから、一人だけを変えようとしても意味がない。
その人と、問題と、環境と、関わり方。
全部を一緒に見て、初めて「支える」が始まる。
🌙 もしかしたら私たちは、
誰かを救う力なんてないのかもしれない。
それでも、
ちゃんと理解しようとする力なら、持てる。
その4つの視点を持つだけで、
世界は少しだけ、優しくなる気がする。
04/06 03:01
🌙 勉強していると、よく出てくる言葉。
国家資格と任用資格。
似ているようで、意味はまったく違う。
国家資格
国が「この人は専門知識と技術があります」と認めた証。
試験に合格すれば、どこでもその資格を名乗れる。
資格そのものに力がある。
任用資格
これは少し違う。
資格というより、
「その仕事に就いたときに名乗れる肩書き」
つまり、
その職場や役割について初めて成立する。
🌱 ここで大事なのは、どっちが上かじゃない。
どちらも「誰かを守るため」に存在していること。
国家資格は、
専門性を証明して安心をつくる。
任用資格は、
現場の中で役割を持ち、支え合う仕組みをつくる。
🌙 私は思う。
資格を取ることが目的になった瞬間、
それはただの紙になってしまう。
でも、
誰かを支えたいと思って取る資格は、
ちゃんとチカラになる。
大事なのは名前じゃない。
その資格で、
誰のどんな人生に関わるのか。
そこに意味がある気がする。
04/06 02:01
🌙 特別な人だけが、誰かを救うわけじゃない。
気づいていないだけで、
私たちはもう日常の中でやっている。
それが、セツルメント運動や友愛訪問の本質。
たとえば、
何気なく誰かの話を聞いたとき。
大丈夫?って声をかけたとき。
ちょっとした差し入れをしたとき。
それはもう、誰かの孤独に触れている。
本来、セツルメント運動は
同じ場所に入り込み、共に生きること。
友愛訪問は
孤立している人に会いに行き、つながること。
🌱 でも難しく考えなくていい。
隣にいる人に関心を持つこと。
見過ごさないこと。
ほんの少し手を差し伸べること。
それだけで、もう始まっている。
🌙 私たちは無力じゃない。
資格がなくても、立場がなくても、
誰かの一日を、少しだけ軽くすることはできる。
そしてその積み重ねが、
大きな支えになる。
優しさは、遠くにあるものじゃない。
気づいた瞬間から、
もうあなたの中にある。
04/06 01:01
🌙 ある日、私は時間という言葉を手放した。
1日何時間やるかじゃない。
どこにいても、何をしていても、できる瞬間があればやる。
車の中でも、トイレでも、ふとした隙間でも。
それは努力というより、生き方に近い。
特別な時間を用意する人と、
日常そのものを積み重ねる人。
その差は、気づかないうちに大きく開いていく。
誰かが休んでいる時間も、
誰かが迷っている時間も、
ただ淡々と続ける。
シンプルだけど、いちばん難しいこと。
でもきっと、最後に残るのは
才能でも環境でもなくて、
やり続けた人だけ。
だから私は今日も、
特別じゃないこの一瞬を、
静かに積み重ねていく。
04/06 00:39
YouTube@yuka_kinshicho
インスタ yuka_kinshicho
X@kinshicho_yuka
04/06 00:06
昔のお風呂ってどんな感じだったの?
今日ちょっと気になって調べてみたんです😌
「昔って全部混浴だったのに、なんで今は男女別なんだろう?」って。
なんとなく、
お風呂でそういうこと(エッチな)があったから分かれたのかな…なんて思ったりもしますよね😏
でも調べてみたら、
実はちょっと違うみたいなんです。
昔の日本って、
江戸時代くらいまでは混浴が普通だったんです。
しかもそれ、
今みたいなドキドキする場所じゃなくて
ただの生活の一部だったようです。
家族とかご近所さんと一緒に入る、
いわば日常の延長みたいな感じだったみたいです。
だから当時の人たちは
裸に対して今ほど恥ずかしいって感覚も薄かったんだとか。
つまり昔のお風呂って
エロい場所というよりも
ただの「みんなで入るお風呂」だったそうです😌
ここがまず今との大きな違いですよね。
続く