例えばこんな1日。
いつもの店を出て、
いつもの駅まで歩く。
信号が赤なら、2人で止まる。
青になれば、また歩く。
「寒いね」とか、
「今日ちょっと疲れた」とか、
そんな、明日には忘れてしまいそうな話をする。
コンビニの明かりが妙に明るくて、
自転車が横を通り過ぎて、
遠くで電車の音がする。
世界から見れば、
何ひとつ特別ではない夜だ。
けれど私は思う。
人生で本当に失いたくないものは、
案外こういう景色なのではないか、と。
旅行の写真より。
高価なプレゼントより。
「また来年も」と約束した記念日より。
好きな人が自分の隣を歩いていて、
その人の歩幅に少しだけ合わせながら、
帰る場所へ向かっている時間。
それだけでいい夜がある。
人は、大切なものほど
持っている最中には名前をつけない。
いつもの道。
いつもの声。
いつもの背中。
だから、失ったあとで気づいてしまう。
あれは日常ではなかった。
あれが、幸せだったのだと。
だから今は、
少しだけ覚えておこうと思う。
隣を歩く人の横顔も。
くだらない話で笑ったことも。
「じゃあまたね」と言えることさえ、
本当は奇跡に近いことも。
いつか人生の最後に、
神さまから
「あなたの人生で、
もう一度だけ戻ってよい夜を選びなさい」
と言われたなら、
私はたぶん、
豪華な記念日を選ばない。
何も起きなかった、
あの帰り道を選ぶ。
まだ隣にその人がいて、
明日も会えると思い込んでいた夜。
手を伸ばせば届く距離に、
大切な人がいた夜。
そして今度こそ、
何でもない顔をして歩きながら、
心の中でちゃんと言う。
今日、一緒に帰ってくれてありがとう。
私の人生にいてくれて、ありがとう。
何でもない今日を、
私の宝物にしてくれてありがとう。
特別な日は、
特別なことをした日ではないのかもしれない。
あとから思い出したとき、
「もう一度だけ、あの日に帰りたい」
と思ってしまう日。
そんな日のことを、
人はきっと、
記念日と呼ぶのだと思う。
🌹
帰り道
写真はブレても
恋はピント
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