人間は、自分の行動を正当化しないと生きていけない、とても繊細な生き物だ。
夜中にプリンを食べれば、
「卵と牛乳だから、これはほぼ朝食」
予定のない服を買えば、
「未来の私への先行投資」
二度寝をすれば、
「夢の結末を見届ける責任があった」
私たちの頭の中では毎日、小さな裁判が開かれている。
被告人も、弁護士も、裁判長も自分。
判決は、だいたい無罪。
たまにプリンへ感謝状まで贈られる。
人はみんな、
「私は悪い人ではない」と信じていたい。
その思いと自分の行動がぶつかると、
心の中に痛みが生まれる。
だから脳は、
「仕方がなかった」
「あの時は、それが最善だった」
と、物語を少し書き直す。
それは卑怯さだけではない。
昨日の自分と同じ身体で今日を生きるための、小さな救急処置でもある。
けれど、理由があったことと、正しかったことは同じではない。
「私にも事情があった」
「それでも、あなたを傷つけた」
この2つは、一緒に認めることができる。
そして、信じて傷ついた人まで、
「信じた私が悪かった」
と、相手の責任まで背負わなくていい。
信じたことは罪ではない。
善意を利用した責任は、利用した人にある。
あなたが学ぶとすれば、愛したことを後悔することではなく、これから自分を守る方法を1つ増やすことくらいだ。
私は、間違えない人よりも、
「あの時の私は精一杯だった。けれど、間違えた。次は違う選択をする」
と言える人が好きだ。
もしあなたが、自分の言い訳に気づいて少し笑い、必要なら行動を直せる人なら、いつか私に会いに来てください。
そんな人となら、山の上でも、誠実な仕事を長く続けられる気がします。
人間には、言い訳という毛布がなければ眠れない夜もある。
けれど朝になったら、そっと畳んで、本当のことを見に行けばいい。
どうか今日のあなたが、自分を責めすぎず、誰かの痛みも見失いませんように。
私も誰かにとっては悪人。
それでも死ねないなら、生きるしかないの。
泣けないなら、笑えるまで一緒に過ごそう。🤝
🌹
言い訳を
布団にしたら
朝寝坊
#明日出勤です #本日出勤です #雑記 #お礼日記
































































































































































































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