例えば、こんな一日。
☺️「まあまあ、食べたんだからいいじゃないですか」
……いやAmazonさん。
そういう問題ではない。
今日は、初めて好きな人のキッチンに立って、
その人のために料理を作った日だった。
時間がなくて、
盛りつけは少々豪快。
豚肩ロースも卵も、
🥩「今日は繊細さより腹を満たそうぜ」🥚
という顔をしていた。
それでも私は、けっこう嬉しかった。
誰かの台所に立つというのは、
ただ料理をすることではないのかもしれない。
冷蔵庫を開けて、
フライパンを借りて、
お皿を探して、
その人の暮らしの中へ、
ほんの少し自分の居場所を作ることだ。🥢
だから、後になって思い出すのは、
高級レストランの日よりも、
案外こういう何でもない日なのだと思う。
卵が少し崩れていたこと。🍳
急いで盛った肉。😂
そして料理人様の、
記念すべき第一声。
🧑🍳「食べれますね」
🙄…………。
食べ れ ま す ね。
料理レビューとしては、
非常に守備力が高い。
褒めてもいない。
けなしてもいない。
訴訟にもならない。
星をつけるなら、
★★★☆☆
『食べれますね。ありがとうございます』
である。
しかも最後の「ありがとうございます」だけ、
妙に丁寧なイケボなので腹が立つ。
こちらは、
「美味しい」の四文字を待っているのに、
声だけで
「まあ許すか」🥢
まで持っていかれる。
ずるい。
人はきっと、
完璧だった日ばかりを愛するのではない。
ちょっと失敗して、
ちょっと腹が立って、
それでも同じ食卓に座った日を、
あとから宝物と呼ぶのだと思う。👥
だから本日の敗北は、
わりと幸福な敗北である。🥢😋
でも覚えておいてください、料理人様。
これは第一戦です。
次は絶対、
🧑🍳「美味しい」
と言わせます。
Amazonさん、
次回も証人よろしく。😘😂
こんな恋がしたい。
🌹
初料理
「食べれますね」で
火がついた





































































































































































































17:00~翌2:00

















