本当は苦しい仕事でも、
「ここで学べることがある」と言う。
本当は寂しい夜でも、
「ひとりのほうが気楽だから」と笑う。
叶わなかった夢には、
「きっと、これでよかった」と名前をつける。
愛してもらえなかったときには、
「あの人にも事情があったのだろう」と考える。
そうしないと、
今日という一日を歩けないことがあるからだ。
たぶん人間は、
現実そのものより、
現実について自分がつけた物語の中で生きている。
だから、ときどき、
とても不思議なことをする。
狭い部屋を「秘密基地」と呼び、
安い夕飯を「胃にやさしい」と褒め、
誰からも連絡が来ない夜を
「今日は静かでいい夜だ」と言う。
人類、なかなか往生際が悪い。
けれど私は、
その往生際の悪さを、
少し美しいと思う。💖
だってそれは、
まだ生きることを諦めていない人の知恵だから。
「大丈夫」と言いながら、
本当はぜんぜん大丈夫ではなかった人がいる。
「これでいい」と言いながら、
本当はもっと愛されたかった人がいる。
「私はひとりでも平気」と言いながら、
誰かが帰ってくる足音を、
ずっと待っていた人もいる。
それを「強がり」と呼ぶのは簡単だ。
けれど、
強がらなければ越えられなかった夜もあったのだと思う。
あのとき、
自分に言い聞かせた言葉が、
完全な真実ではなかったとしても。
その小さな嘘のおかげで、
朝まで生き延びられたのなら、
私はそれを責めたくない。
むしろ、
よくやったね、
と思う。
人間は賢いから、
自分をだます。
人間は愚かだから、
その嘘を本気で信じる。
そして、その愚かさのおかげで、
もう一日、生きることがある。
なんという、
不完全で見事な生き物だろう。
昨日の自分が信じ込んだものを、
今日の自分が訂正したっていい。
「あれでよかった」と言っていたけれど、
やっぱり悲しかった、と認めてもいい。
「欲しくなかった」と言っていたけれど、
本当は欲しかった、と泣いてもいい。
「平気だった」と言っていたけれど、
本当は抱きしめてほしかった、と
今さら気づいてもいい。
生き延びるための物語と、
本当の気持ちは、
違っていたっていいのだ。
昨日は昨日を生きるための答えが必要だった。
今日は今日を生きるための答えを、
また選び直せばいい。
人生にはたぶん、
最後まで正解などない。
あるのは、
その日の自分を
どうにか明日まで運んでくれた、
小さな理由ばかりだ。
だから私は、
昔の自分が必死で作った言い訳を、
もう笑わないことにした。
あれは言い訳ではなく、
あの日の私が、
私を死なせないために差し出した、
小さな手だったのかもしれない。
あなたにも、
そんな言葉があるでしょう。
誰にも説明できなくていい。
格好悪くてもいい。
矛盾していてもいい。
その考えのおかげで、
今日までここにいるのなら、
それは充分、
役目を果たした。
そして、いつか必要なくなったら、
そっと手放せばいい。
昔の自分に、
「もう大丈夫。
ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
と伝えて。
人は、生きるために理由を作る。
なんとも愚かで、
なんとも賢く、
なんとも愛しい。
私も。
あなたも。
たぶん今日も、
それぞれの場所で、
少しだけ自分をだましながら、
それでもちゃんと、
明日のほうへ歩いている。
それでいい。
生き残ることは、
ときどき、
真実より先にしなければならない仕事だから。
🌹
言い訳を
抱いて朝まで
布団勝ち
#明日出勤です #本日出勤です #雑記 #私の好きな●● #お礼日記






































































































































































































17:00~翌0:00















