ある朝、森に住む女の子ルルに、
かなしいことが3つも続きました。
お気に入りのカップが割れて、
楽しみにしていたピクニックは雨になり、
会いたかった友だちからは、
「今日は行けないの」と手紙が届きました。
「今日は、世界一ふしあわせな日だ」
ルルが泣いていると、森のおばあさんが
小さな虫めがねを貸してくれました。
けれど、のぞいてみても何も大きくなりません。
「おばあさん、これ、壊れてるよ」
「そりゃそうさ。レンズが入っていないからね」
「それ、ただの輪っかじゃない!」
おばあさんは、ほっほっほと笑いました。
「これは目につけるものではなく、
心につける虫めがねなんだよ」
ルルは、もう一度その日の中を探しました。
雨の音を聞きながら飲んだスープは、
いつもよりあたたかかったこと。
会えなかった友だちの手紙には、
「元気になったら、二人で大きなケーキを食べよう」
と書いてあったこと。
割れたカップの隣で、犬のポポが
ずっと心配そうに寄り添ってくれていたこと。
かなしい出来事は、何ひとつ消えていません。
割れたカップは割れたまま。
雨は冷たいまま。
寂しかった心だって、本物です。
それでもルルは気づきました。
しあわせは、悲しみを追い出してから
やってくるものではありません。
悲しみの隣に小さな椅子を置いて、
ちょこんと座っていることもあるのです。
少しお尻をはみ出させながら。
人生では、起きる出来事を
選べないことがたくさんあります。
けれど、その日を
「悪いことしかなかった日」にするか、
「悲しかったけれど、小さな優しさもあった日」にするかは、
心があとから選び直せるのかもしれません。
良い面を見るとは、
つらさをなかったことにすることではありません。
暗闇の中に、小さな窓をひとつつくること。
もし今日、自分では光を見つけられなかったら、
誰かの目を借りてもいい。
明日の自分に探してもらってもいい。
どんな日にも、きっと物語はまだ途中です。
私も、心に小さな虫めがねを持っていたい。
泣いた日にも、
「それでも、ここには愛があったね」と、
最後にひとつだけ見つけられる人でありたい。🔍✨
🌹☕️🫖ご機嫌よう、本日もよろしく。😉💖
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